活動レポート

東京下町戦跡めぐり~東京大空襲を知ろう~

10月23日(土)、江東区の戦跡フィールドワークと東京大空襲・戦災資料センターで戦争体験者のお話を聞くという企画を開催しました。現地参加希望には30名を超える応募がありましたが、今年度は新型コロナウイルス感染拡大防止のためやむなく抽選し、現地参加16名、オンライン26名で実施しました。

 

江東区戦跡フィールドワーク、スタート!

1945年3月10日の東京大空襲では、江東区でも甚大な被害がありました。最初に、住吉駅から重願寺に移動。重願寺は、関東大震災や東京大空襲での殉難者を供養する「みまもり観音」や当日空襲を行ったB29爆撃機のプロペラ等保存しています。

地下鉄住吉駅から重願寺に向かう現地参加者のみなさん

重願寺にある「戦災・震災供養資料館」

重願寺にある「戦災・震災供養資料館」

重願寺は、「関東大震災」「東京大空襲」と二度の大災害に見舞われた。その際に戦火を逃れた十八世旭雄上人が、「慰霊なくして平和なし」の祈願のためにいろいろな資料を収集。平成29年の新本堂落慶に併せて資料館を増設し展示している。東京大空襲時に墜落したB29爆撃機のプロペラ、焼夷弾の破片など見学できる。

みまもり観音:「みまもり観世音」は、関東大震災や東京大空襲などで殉軟された多くの方々のご冥福を祈り建立

みまもり観音:「みまもり観世音」は、関東大震災や東京大空襲などで殉軟された多くの方々のご冥福を祈り建立

重願寺のご住職から、みまもり観音の前で建立時や重願寺について空襲当時のお話しを聞く参加者

猿江神社にてガイドの石田さん

猿江神社にてガイドの石田さん

ガイド石田博美さん(東京大空襲・戦災資料センタースタッフ)から、東京大空襲で焼け残った本殿や戦跡石灯籠の説明をきく参加者

猿江神社(国内最古級の鉄筋コンクリート社殿)

猿江神社(国内最古級の鉄筋コンクリート社殿)

創建は、庸平年間(1058~1065)という。源義家が前九年の役出征の途中、当地の入り江で家臣の猿藤太が亡くなり,祠を建立したことに始まる。当地は,猿藤太が亡くなった入り江で、猿江と呼称されるようになった。大正12年(1923)の関東大震災で社殿焼失。昭和6年(1931)に社殿を再建した際に宮内省設計技官によって鉄筋コンクリート造の社殿が建立。東京大空襲で近隣一帯が焼失したときも奇跡的に難を逃れ、錦糸町の駅からも焼野原に残る社殿が望むことができたという。

クローバー橋から見える猿江恩賜公園と横十間川

クローバー橋から見える猿江恩賜公園と横十間川

猿江恩賜公園の横を流れる横十間川。水に漬かって、重くなった死体を引き揚げるのは大変な作業だった。「こうして川いっぱいの死体をやっと引き上げると、翌日の満潮時には、また川いっぱいの死体が浮かぶ。作業員たちはくたくたになって重い死体をようやく片づけると、その翌日の満潮時には、また川いっぱいの死体で、いったいどこから来るのか皆目わからない死体の攻撃に、死体収容関係者は悪戦苦闘をつづけた」(東京大空襲戦災史・救援隊長の記録)

東京大空襲・戦災資料センター

東京大空襲・戦災資料センター

センター前にある「世界の子どもの平和像」

センター前にある「世界の子どもの平和像」

戦争体験者のお話

戦争体験者 二瓶治代さん

戦争体験者 二瓶治代さん

お話しを聞く参加者

お話しを聞く参加者

当日の動画はこちらから

パルシステム東京では平和政策にもとづき、平和について学び、考えるきっかけの場づくりとして、取り組みを広げています。

※新型コロナウイルス肺炎等の影響により、参加者を制限させていただいたことをご了承ください。

戦争体験者 二瓶治代さんのお話

講師:二瓶治代さん紹介
8歳の時に東京大空襲を経験しており、その時の悲惨な体験を長年語り継ぐ活動をされています。国立市在住。