活動レポート

折り鶴に平和の想いを託して | 20年目を迎えた韓国コヤンパジュドゥレ生協との市民交流(動画アリ)

2001年から始まった韓国・高陽坡州ドゥレ生協とパルシステム東京との交流は今年20年目を迎えます。

2021年度の折り鶴交流では、原爆投下日の8月6日の午後、パルシステム東京とドゥレ生協の千羽鶴を、広島の平和公園内にある「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」「原爆の子の像」へ献納し、日韓オンライン中継でともに黙祷を捧げました。

2021年度 日韓生協折り鶴交流

折り鶴の献納に先立ち、本企画の実施にご協力くださった広島県生協連事務局の渡辺さんから、広島県における生協活動と平和活動についてご紹介いただきました。

広島で原爆の犠牲となった朝鮮人労働者の方々

広島県で最初に生まれた生協は1906年、当時軍港だった呉の海軍で働く労働者によって設立されました。

しかし、当時の戦意高揚、人権無視の中、弾圧され押しつぶされてしまいました。

その後、いくつかの購買組合が誕生しましたが、活動そのものは長続きせず、1931年にできた広島消費組合も、戦時下という中、民主的な活動をすすめることが弾圧の対象となり、1936年には解散に追い込まれました。

 

「広島県生協運動史」という文献の中には、当時、若干名の朝鮮人労働者もこの生協活動に参加していたことが記されています。

今日、折り鶴を奉納する「韓国人原爆犠牲者の碑」に眠る2万人余りの霊は、強制労働で広島に連れてこられた犠牲者であり、その中には、戦時下の中で生協運動な関わった方も含まれているのかもしれません。

(広島県生協連・渡辺さん)

韓国人原爆犠牲者慰霊碑(2018年8月撮影)

原爆の子の像(2018年8月撮影)

過ちを繰り返さないために核廃絶に向けて連帯を

戦後、日本における生協運動は、「平和とより良き生活のために」をスローガンとして掲げ、発展してきましたが、ヒロシマにある生協は、「原爆の悲劇を三度繰り返さない」という使命も持っています

 

現在、広島県には、購買生協・医療生協・大学生協・労済生協など16の生協があり、組合員数で約85万人となっています。

戦後、原水爆禁止の運動が色々なイデオロギーの中で分裂していきましたが、「市民の願いを反映する」ということを主眼において活動した生協陣営の役割は本当に大きかったと感じています。

 

現在、広島県生協連は、他の被爆者団体といっしょに「日本政府に核兵器禁止条約の批准を求める署名活動」をすすめています。

国連で採択された、核兵器禁止条約に、唯一の被爆国である日本が批准していないということは、日本国民にとっても恥ずべきことであり、世界の中で「核廃絶」の先頭に立たなければならない日本にとって、あってはならないことでもあります。

実は、日本だけでなく、韓国も現在、批准していません。

たった1発の原子爆弾で、日本人だけでなく、韓国の方も2万人以上お亡くなりになっています。正義のために使われる「核兵器」は存在しません。

日本だけでなく、ぜひ、韓国においても、核兵器の恐ろしさを伝え、全世界のすべての国が「核兵器禁止条約」に批准することができるよう、同じ協同組合の仲間に訴えたいと思います。

(広島県生協連・渡辺さん)

両理事長からの「平和へのメッセージ」交換

役職員間の近況報告等でささやかな交流を行った後には、ドゥレ生協とパルシステム東京の両理事長が平和へのメッセージを交換し、「平和への想い」を確認し合いました。

高陽坡州(コヤンパジュ)ドゥレ生協 ウ・ミラン理事長

高陽坡州(コヤンパジュ)ドゥレ生協 ウ・ミラン理事長

안녕하십니까? お元気ですか。

隣国、韓国の高陽坡州ドゥレ消費者生活協同組合の理事長、ウ・ミランよりご挨拶申し上げます。

 

本日のように歴史的な日、歴史的な行事に高陽坡州ドゥレ生協がご一緒できるようにご配慮くださった松野玲子理事長をはじめ、パルシステム東京の皆様に御礼申し上げます。

広島は、日本にとっても私たちにとっても、悲しい記憶です。しかし、1949年日本の議会で国際平和都市に宣言されることにより、今は名実ともに世界的な平和都市になりました。

本日は画面を通してご一緒させていただいておりますが、今日の平和な様子を目にすると、今までのたくさんの方々の平和への熱望や献身が全身で感じられます。

 

二度とこういう悲しい記憶を作らないように、また、こういう形で平和公園を作ることがないように、願うばかりです。

現在、コロナ禍で大変ではありますが、日本の仲間である皆さん、どうかお元気でお幸せに過ごされるよう、お祈り申し上げます。

 

감사합니다. ありがとうございました。

生活協同組合パルシステム東京 松野玲子理事長

生活協同組合パルシステム東京 松野玲子理事長

안녕하세요. お元気ですか?

パルシステム東京理事長の松野です。

 

8月6日は広島に原子力爆弾が投下された日です。戦争は弱い立場の人が最も痛めつけられます。広島でも多くの子供や学生などの若者、そして朝鮮半島から連れてこられた方々も犠牲となりました。

「平和記念公園にある慰霊碑に慰霊の思いと平和の願いをともに捧げたい」と、一年半前に皆さんとお約束した「平和の日韓折り鶴交流」が今日ようやく実現しました。ともに進めてこられたことに感謝申し上げます。

 

実際に折り鶴を折って、つなぎ合わせて、と時間をかけてきたことで、たくさんの人の思いをより実感できたと感じます。ご協力ありがとうございました。

また、新型コロナウイルス感染症の影響で、折り鶴を直接届けることができない中、広島県生協連さんに鶴を託すことで奉納を実現できたことにも改めて感謝申し上げます。これをきっかけに新たなつながりができたことを大変嬉しく思います。

 

大変な状況であっても、みんなで知恵を絞れば少しずつ歩みを進めることができます。住む場所は違えども、同じように平和な未来を願う仲間としてまた会える日をゆっくりと待ちたいと思います。

それまで、ちゃんと食べて、笑って、元気でいましょう!


日韓市民交流の20年 これまでのあゆみ

この他に、学習会の開催や両生協の総代会(/総会)での祝辞のやりとり等も行っています。

韓国・高陽坡州(コヤン・パジュ)ドゥレ生協とパルシステム東京との交流は、韓国生協の希望でパルシステム連合会からの紹介で始まりました。韓国は、歴史的、地理的にも最も近い隣国です。お隣の国のことをお互いに理解することで、戦争のない『平和』な世界を、東アジアから作っていきたいという思いがあります。

 

交流は、2001 年から日韓の子どもたちが一緒にキャンプをする取り組みから始まりました。2008 年からは、子どもの交流だけではなく、ホームステイを中心に、楽しく韓国語や韓国料理・歴史などを学ぶことで組合員同士がつながる国際交流『ドゥレの輪』の取り組みが始まりました。

 

東日本大震災以降は、一時、役職員の行き来だけとなっていましたが、2014 年度に「韓国スタディツアー」を企画し、組合員にも参加を呼びかけ、ドゥレ生協を訪問しました。一般的な韓国旅行では味わう事のできない、生協ならではのスタディツアーは、韓国のことをさらによく知るきっかけになったとの声をいただきました。

 

生協の組合員同士が互いの文化を積極的に学ぶ、友人になる、信頼を深めるなどの実感をともなう絆を築くことで、新しい歴史の可能性が開けると信じ、今後も交流を継続していきます。