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東日本大震災復興支援活動 Pray for Japan

【開催報告】2016年度福島スタディツアー~1日目~

2016年12月09日

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▲スタディツアーの中で訪れた二本松有機農業研究会。ツアー参加組合員の皆様と。

パルシステム東京は2016年10月8日(土)~9日(日)、「福島スタディツアー」を開催し、25人(組合員17人、役職員8人)が参加しました。

◆企画の目的

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故によって多大な影響を受けた福島県。震災から5年半が経過した今も、県内外で約9万7千人を超える方が避難生活を余儀なくされ、復興への道筋が立っているとは言いがたい状況です。

このような状況の中、パルシステム東京では、「3.11を忘れない」という想いとともに、2013年からパルシステム福島の協力を得て「福島スタディツアー」を実施し、福島の「いま」を見て、聞いて、感じて、私達にできることを考える場としています。

【1日目】

◆産直産地・うもれ木の会

まず訪れたのは、産直産地「うもれ木の会」の生産者・阿部進さんの梨園。あいにくの雨でしたが、高橋功会長はじめ、多くの生産者が迎えてくださり、原発事故による放射能対策や、こだわりの栽培方法についてうかがいました。

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「うもれ木の会」は産直産地の中でも希少な「エコ・チャレンジ」の梨の産地。エコ・チャレンジの農産物は、化学合成農薬や科学肥料を慣行基準の半分以下に削減して栽培します。とくに梨の生産にとっては厳しい基準のため、うもれ木の会のように基準をクリアしている産地は全国的にも少数しかありません。

 そんな産地を襲った5年前の原発事故。

当時は、ゼオライトという土壌改良材を蒔き、放射性物質を吸着することで、梨に移行しないような対策がとられました。また、「真冬の寒い中、梨園全ての梨の木の皮を嫁さんと2人で剥いだんだ」と阿部さん。これは樹皮の表面についた放射性物質が内部に移行しないようにするための対策です。

見渡す限り梨の木…、そんな広大な園地の全ての皮をたった2人で剥ぐのはどんなに大変だったことでしょうか。

それでも阿部さんは「パルシステムが一生懸命売ってくれたことが助かった」「消費者から応援の手紙をもらって涙が出るくらい嬉しかった」と語ります。

生産者の高田さんからは、「百姓になって20年、過去のことを振り返ってもしかたがない。振り返らず前をみていきたい」と未来に向けたメッセージをいただきました。

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▲阿部進さん。梨の美味しい食べ方や、事故当時の様子の質問に答えてくださいました。 ▲梨の収穫体験も。大ぶりの「新高」を収穫してにっこり。


◆産直産地・みちのく野菜倶楽部

次に訪れたのは、きゅうり・トマト・ブロッコリーなどをエコ・チャレンジで栽培するみちのく野菜倶楽部。

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農場長の佐々木さんは、放射能対策として「パルシステムから多くのゼオライトを寄付してもらって畑に散布した」と言います。

震災前から、土づくりにこだわり、手づくりのぼかし肥料にゼオライトを入れていたみちのく野菜倶楽部。土づくりにこだわってきたことが、偶然ながら放射能の対策になっていたのだ、と語りました。現在では、対策をしなくても農産物から放射能が検出されることはありません。

とはいっても、土には吸着された放射性物質が残る中、畑で働いている人の健康は大丈夫?との声も。

佐々木さんは「福島に住む人はとにかく検査をしていっぱい調べた。東京の人からは福島県民は放射能に対する感覚が麻痺していると言われるが、東京の人が想像する以上に調べている。広い福島県の中で、線量が低いところ高いところは分かっていて、それを知った上で生活している」と、福島に住む思いをお話しいただきました。

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▲土づくりにこだわるみちのく野菜倶楽部。肥料には油かす、ゼオライト、大豆かす、米ぬか、魚かす、さらには「いいちこ」の絞りかすまで入れているそう! ▲白い粉(ブルーム)付きのきゅうりの栽培にこだわっていると語る佐々木さん。ブルームは病気に弱く栽培が難しいけれど、元々きゅうりは白い粉をふくものだから大切にしたいとの想いで栽培しています。


◆福島県の「いま」を語る~被災・復興のお話~

宿泊先に到着後、パルシステム福島の理事から、現在の福島の様子をお話しいただきました。

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震災後の7月にパルシステム福島の理事長に就任され、今は顧問として活躍されている和田佳代子さん。

徐々に避難指示解除が進む中、線量の評価はもちろんこと、医療機関や商業施設といった生活基盤の復旧が進まず、解除になっても帰還が進まない現実をお話しされました。解除すべきでないとの声、早く帰りたいとの声、どちらもある中、解除となった地域の生活基盤の復旧が急務と言います。DSC02328(SSS).jpg

また、津波などが死亡原因ではない震災関連死で亡くなる方が今も毎日増えている現実、汚染水が増え続ける原発では予定通り廃炉が進まない現実、除染の土を入れたフレコンパックが県内のいたるところに増え、中間貯蔵施設への搬入が進まない現実など、5年が経った今でも様々な問題が山積みであることをお話しいただきました。

その上で、「福島を忘れないでスタディツアーに来てくださることがとてもありがたい」と語りました。

 

DSC02332(SSS).jpg地震・津波で家をなくした方への相談や、仮設住宅に住む方への相談活動を行う組合員理事の大川幸子さん。

震災当時、壊れかけた家をリフォームした方が5年経ってやはり立て替えたいという相談が増えていること、いわきの地価が高騰し家を建てるのも難しくなっていること、また、全国から原発作業員が集まるいわきは復興バブルの状態にあることなど、住宅や経済の状況をお話いただきました。

大川さんは、「こんなことが起こるとは誰も思わなかった。一人一人真摯に話を聞いて、幸せに暮らせるようお手伝いしようと思っている」と語りました。

 

郡山に住む組合員理事の影山祐子さん。DSC02351(SSS).jpg

郡山は転勤族の町で、子どもも多かったけれど、震災当初は町から子どもの声は消え、たくさんあった公園でも誰も子どもを遊ばせなくなった、と当時の様子を振り返ります。

子ども達は毎日マスクをして登校、運動会や校庭での活動が中止され、肥満になる子どもが増えたこと、また、震災直後に妊娠が分かった影山さんの娘さんは、産んでいいかどうか悩んだことなど、子どもや親に降りかかった厳しい現実をお話しいただきました。「今では子どもの声も戻ったけれど、風化によってなかったことのようにされてしまうのが寂しい。それでも、不安ばかりもっていても仕方ない、前向きに生きていきたい」と締めくくりました。

パルシステム東京の辻専務からは、「人は自分で体験したことは忘れない。被災地の方々と同じ体験はできないけれど、お話しを伝え聞くことはできる。粘り強く、一人一人が「忘れない」思いを持って、一緒に行動していく人を増やしていきたい」と、スタディツアーの意義を語りました。

 

福島スタディツアーの【2日目】はこちら

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