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【開催報告】2016ナガサキ平和スタディツアー「戦争も核兵器もない平和な未来を~継承・ナガサキの想いを誰に伝えますか!?~」

2016年08月15日

2016年8月7日(日)~9日(火)、ナガサキ平和スタディツアー(主催:日本生協連・長崎県生協連)が開催され、全国43生協から850名が参加しました。パルシステム東京からは、組合員7名(うち子ども2名)、役職員2名が参加。71年前に原子爆弾が投下された長崎で、被爆遺構や資料館見学、被爆された方の証言、平和祈念式典参列などを通し、戦争の悲惨さ、核兵器の非人道性を知り、平和の尊さについて考えました。

ナガサキ平和スタディツアー

●原爆落下中心地碑
1945年8月9日、この上空約500mで原子爆弾が爆発。当時長崎市内は約24万人の人が暮らしていましたが、死者は約7万4,000人、負傷者約7万5,000人に上りました。千羽鶴を献納し、黙祷を捧げました。

 ▼(左)原爆落下中心地碑、(右)組合員が折った千羽鶴を献納

原爆落下中心地碑 千羽鶴献納

●長崎原爆資料館
被爆の惨状を語り継ぐ様々な写真や資料が収集され、展示されています。当時の原子爆弾の被害の凄まじさを伝える展示物の数々は、思わず目を背けたくなるほどでした。

 ▼(左)原爆が投下された11時2分を指して止まったままの柱時計、(中)投下された原子爆弾「ファットマン」の模型、(右)被爆した浦上天主堂の再現造形)

nagasaki04-06.jpg

●被爆された方からの証言
証言者の上田亨さんは、当時13才。現存の写真や映像だけでは伝わらない、当時の凄惨な光景、人の極限状態、その時の匂いなどを、語ってくださいました。被爆された方は、いまも後遺症に苦しまれています。子どもを先に亡くされる方さえもたくさんいることを、お話してくださいました。

●被爆遺構の見学

(1)平和公園内

青少年ピースボランティア

←ガイドをしてくれたのは、長崎の大学生・高校生などによる「青少年ピースボランティア」。被爆地において平和への想いを発信する、様々なモニュメントについて、思いを込めて丁寧に説明してくれました。

「平和祈念像」の右手は原爆を示し、左手は平和を、表情は戦争犠牲者の冥福を祈っているといわれています。→ 平和祈念像
平和の泉 ←「平和の泉」と石碑
原爆投下後、水を求めて叫びながら亡くなっていった方々を覚え、泉からは水が流れ続けているそうです。
  • 石碑に刻まれたある少女の手記
    「のどが渇いてたまりませんでした 水にはあぶらのようなものが 一面に浮いていました
    どうしても水が欲しくて とうとうあぶらの浮いたまま飲みました」

(2)旧長崎医大・山王神社周辺

被ばくクスノキ

山王神社にあるクスノキ
「被爆クス」爆風で折れ、熱線で黒焦げとなったにもかかわらず、
その後、葉を繁らせている様子が多くの人に励ましを与えています。

 

山王神社の二の鳥居

山王神社の二の鳥居
凄まじい爆風により、爆心地側が倒壊し、片側だけが残ります

旧長崎医大

旧長崎医大
爆心地から600m。学生、教師、関係者の895人もの尊い命が奪われました。

●「ガナサキ虹のひろば」(日本生協連、長崎県生協連の共催)

長崎市民会館に、全国の生協組合員と役職員が集まり、様々な企画を通して、被爆の実相を語り継ぐとともに、平和への取り組みを報告しました。

オープニング
 ▼雲仙私立小浜中学校吹奏楽部によるマーチングバンド演奏

虹のひろばオープニング

 ▼(左)長崎市の田上富久市長からのごあいさつ、(右)長崎原爆被災者協議会の活動報告(被爆二世として継承活動を実施)

長崎市長 nagasaki15.jpg

「高校生平和大使」
 ▼高校生1万人署名実行委員会による、取り組み報告がされました

高校生平和大使

被爆者歌う会「ひまわり」
 ▼メンバー全員が被爆されており、平和への想いを美しい歌声にのせて伝えます

被爆者歌う会「ひまわり」

 

●長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典戦後71年となる今年、平成28年8月9日、平和公園の平和祈念像前において長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が挙行されました。日本各地、世界各国からの参列者と心を合わせ、長﨑の地で平和への祈りを共にしました。

 

 

 

 

 

▼参加者感想

  • 「長崎市長の言葉にある、若い世代が原爆体験を語り継いでいかなければならないという言葉がずっと心に残っています」
  • 「『継承・ナガサキの想いを誰に伝えますか(本企画テーマ)』この問い掛けにしっかり答えるために、今回のツアーに留まらずこれからも戦争、核兵器の事について見て、聞いて、感じて、そして伝えていこうと思いました。」
  • 「『二度と戦争をしてはならない。原爆もいらない。私は生きている間はずっとこれを伝えていきます。どうか、その後を皆さんに伝えていってほしい。』被爆者の方が力強く言った言葉が、平和の尊さを伝える何よりのメッセージとして深く胸に響きました。平和を守り続けて下さった方達から、バトンを受け取らなくてはと思いました。最終日、平和記念式典に参加しました。黙祷の時には涙が流れました。」

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