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平和

ネパール大地震復興応援企画「ネパール地震から1年・今とこれから」開催報告

2016年05月31日

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パルシステム東京では、2015年5月~7月の期間、ネパール地震被災者支援カンパを呼びかけ、約4,000万円ものカンパ金が寄せられました。それから1年が経ち…今、人々の生活はどうなっているのでしょうか?

(2015年度ネパール自身被災者支援カンパの詳細は、こちらから)

2015年5月31日 カンパ金贈呈団体の一つである「シャプラニール=市民による海外協力の会」で震災前から2015年度まで、現地で駐在員をされていた宮原麻季さんからのお話を聴く機会として『ネパール大地震復興応援企画 ネパール地震から1年・今とこれから~本場ネパール料理を食べながら~』を開催し、組合員16人、役職員7人が参加しました。

さらに、今回は、会場をネパール料理店で開催。ネパール料理を食べながら、現地の人々へ思いをはせました。

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宮原さんが見た地震が発生した時の街の様子

宮原さんは、現地で被災されました。

激しい地震で建物が崩壊し、人びとは何が起きたのか瞬時に理解できず、逃げ惑い、どうして良いかわからないといった混乱状態に。電話も通じず、裸足や裸で道に飛び出してくる人もいたそうです。

被災時のランドマークの「ダラハラ塔」が倒壊している様子や被災した町の画像、動画に、当時の惨状がうかがえました。

 

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建物に使われていたレンガ

 

緊急支援から復興支援へ

ネパールでは建物の耐震基準がきちんと定められていないため、多くの建物が崩壊。余震が続くために人々は屋内にいることが出来ず、屋外での治療や、避難生活を送ることになりました。

折しも、雨があまり降らない季節であるはずが、長雨となり、人びとはビニールシートやビニール看板を屋根にして、地面との間で満足に体を伸ばして休むことができない雨をしのぐ避難生活が続いていました。しばらくは余震が続き、雨と余震の恐怖で人びとの心が休まることはなかったと言います。

宮原さんたちは、緊急支援として、まず物資支援から始めました。

「必要とされているときにすぐ動かなくてはいけない。すぐ動く事ができたのは、日本からの、皆さんからの支援のおかげです。」

私たちの支援が役に立っている事が分かりました。

また、支援は当事者の人びとが何を必要としているのかを良く知ることが大切、と宮原さんは話します。

「はじめは、煮炊きが出来ないと考え、インスタントラーメンやビスケット、ポカリスエットなどを配りました」「でも、被災した人たちの様子を見ると、自宅からガスボンベを持ちだして来たり、窯を作ったりして屋外で煮炊きを始めたのです。それならば、普段食べる豆やお米、砂糖、チウラ(干し米)を配った方が良いと考え、配る物資を変更しました」「さらに、ありもので仮設の家を自分たちで作るので、トタン板などの建築資材を配りました」いまだに住宅建設が出来ない為、現在もこの仮設住宅に住んでいるそうです。

物資支援の他にも、気分をリフレッシュするための企画も開催。1時間程度の楽しめる場の提供だったそうですが、「震災後、楽しいなどの感情がなくなってしまっていた。とても嬉しかった」と言ってもらい、心を休める場所の大切さを感じたそうです。

現在のネパールではテント村も縮小し、発生直後とは異なった、自立支援が必要となっています。

しかし、2015年5月の新憲法公布に抗議する活動の影響により、インド・ネパール国境が非公式に封鎖され、物資の多くをインドから輸入しているネパールでは、極度の物資不足となりました。ガソリンやガスなどが不足、電気使用にシフトした為、もともと十分ではない電力がさらに不足し1日の半分以上が停電となり、地震後よりもひどい状態になり、復興支援もままならない状況になっていました。2月に解除されましたが、今後どうなるかはわからない状況が続いています。

復興支援へ移る中、被災直後に都市部に集中していた外からの援助機関の支援が地方への支援へ切り替わり、逆に都市部での支援が減っていくという支援格差の逆転現象が起こり始めた為、シャプラニールでは、あえて都市部で、支援が行き届かない地域の復興支援活動を続けています。

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これからの支援と課題について思うこと

宮原さんたちは、「なぜ被害が大きくなってしまったのか?」「みんなが必要としている、不満の少ない復興支援活動がどうしたらできるのか?」という2つの課題から支援に取り組んでいます。

地震がくることがまれな為、防災についての理解が薄いネパール。しかし80年に1回は地震が来ると言われている地域でもあります。そこで、重要になってくるのが、今後のための防災活動の支援です。ただし、日本とは建物の耐震基準なども異なるネパールで、日本での防災知識がそのまま役立つわけではありません。その地域で必要とされる防災を地域の人と一緒に作り上げることが大切だそうです。

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希望を感じたこと

ネパールの土地柄、若者は、故郷を離れ、国外に出稼ぎに行ってしまうことが非常に多いそうですが、震災以降、故郷を守るという気持ちでボランティアに参加し、動き出す若者たちがたくさん出てきて、とても希望を感じたそうです。

最後に、女の子3人が故郷を守る歌を歌っている映像を、見せていただきました。ちょっと恥ずかしげに歌う女の子たちの姿、「ここで生きていることを忘れないでほしい」というメッセージ、涙を流す組合員の方も。

最後に

「大災害は、もともとあった格差などの社会の歪みを表出させます。そのことに対応していくことも大切です。日本人が主導するだけの支援では先がありません。復興支援はその地域に関わる全ての人々が自分たちで立ち上がり、作り上げていくことが大切。それを陰からサポートするのが私たちのすべきことだと思います。それにより、復興支援、よりよい社会作りがなされるのだと考えています」との言葉でお話の締めとなりました。

 

終了後は、参加者全員でネパール料理を食べながら、宮原さんも交え、ネパールについてお話をしました。

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DSC07732.jpgネパールの人々に向けてのメッセージも。

DSC05123.jpgネパール料理もおいしくいただきました!

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